Rio de Janeiro

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2016年3月29日火曜日

明確な説明のないまま突き進む東京五輪「海の森水上競技場」(Platnews)


エンブレム問題、新国立競技場問題に揺れた2020年東京オリンピック・パラリンピック(以下東京五輪)。 ようやく前向きな気持ちで開催準備にまい進できると関係者はほっとしている頃かもしれないが(最近また聖火台が設置できない&汚職の疑いというニュースが入ってきたが…)、海のそばの五輪予定会場にはもう一つの「大波」が押し寄せている。東京五輪でボート・カヌー(スプリント)競技会場に予定されている「海の森水上競技場」がそれだ。

海の森水上競技場

海の森水上競技場は、東京湾のお台場の先に浮かぶ二つの人工の島(ごみと建設土砂の埋立地)の間の水路を利用して作られる。選手村から8㎞圏内にほとんどの競技施設を用意する、という東京五輪の理念に沿った会場として、新たに建設されるものだ。
1964年の東京五輪開催の際に建設され、その後一貫して関東圏のボートクラブに使用され続けている「戸田ボートコース」が埼玉県戸田市にあるが、現在の国際会場の規格には合わなくなっていることから、海の森水上競技場建設が浮上した。
この海の森水上競技場に、多くの批判が噴出している。
(Aー海の森水上競技場予定地、Bー選手村予定地、Cー彩湖、Dー戸田公園漕艇場)

7倍に膨れ上がる建設費

海の森水上競技場は、新規に建設される施設として、立候補時に本体工費69億円として計画された。しかし招致決定後、埋立地の軟弱な地盤に対応するための周辺工事や物価の高騰、橋の撤去費などを含め工費が1038億円と、立候補時から15倍に膨らんでしまう。あまりに高すぎるということで圧縮を検討した結果、2014年11月に491億円と見直された。それでも立候補時から7倍である。費用は全額東京都が負担する。
加えて、圧縮後の491億円には従前通り行われる、橋の架け替えが含まれていない。これは東京都環境局の事業に付け替えたためである。つまり、見かけ上工費が圧縮されているが、内実はそれほど変わっていないのである。
なぜこれほど工費がかかるのか。
第一に、自然条件に大きく左右されるボート、カヌーの両競技が行いやすいような環境を整備するために、新たに水門を作ったり、消波装置を導入したりする必要があること。また、競技用の設備(ボートやカヌーを収納する施設等)を整え、さらに観客席を新設したりする必要もある。ボートやカヌー競技は一般的に湖沼や川のうち、波や風の影響を受けにくい部分を区切って行われる。完全な海で同競技をオリンピック・パラリンピックで実施するのは史上初だと言う。

競技に適さない環境-風・波・潮・音

建設費にも関連するが、そもそもこの場所は会場の条件が競技に適さないという指摘がボート関係者(選手・クラブの監督など)や国際カヌー連盟から数多くなされている。
筆者は高校時代にボート部に所属していたが、波や風はボート競技の大敵だ。屋外競技は自然条件に左右されるのが常だが、ボートやカヌーは水上でバランスを取らなければ効率的に進めないため、特に風や波の影響を受けやすい。
bote
ボート競技の花形「エイト」

<風>
海の森水上競技場の場所は年間を通して風が強い。東京五輪が開催される7月~8月は最も強い風が吹く。その証拠にこの場所は風車(風力発電機)が立っているほどだ。
計画では、防風対策として高さ6.5mの防風林を競技場の一部側面(南側)に設置するとしている。しかし、仮に風の影響がシミュレーション通り弱まったとしても、レーンによって受ける風の強さが異なるという問題が残っている。というのも、この会場で夏場に吹くのは南風で、南寄りのレーンほど風の影響が少なく、北寄りほど大きくなる。東京都が示している「海の森水上競技場 基本設計」でも、レーンによって1.0m/s前後風速が違うことが読み取れる。どのレーンでレースに望むかによって、結果が大きく異なる可能性が高いのだ。
<波>
この会場は両岸が護岸になっており、波が反射し合って強くなるのでボートやカヌーの使用を難しくする。その対策として水門を設け、外部からの波が入らないようにすると同時に、消波装置も設置する。
風と波の問題は、対策は示されているが、実際に作ってみないと思った通りの効果が出るかどうか分からない。仮に思ったような防風・消波効果が出ない場合、追加で対策を行う必要が出、余計に費用がかさむことになる。
<潮>
海水は塩分によりボート・カヌーが浮き、漕ぎにくくなることが指摘されている。塩分がボートや器具に与える影響もあるだろう。この点に対する対策は残念ながら何も提示されていない。
<音>
この会場は羽田空港を利用する飛行機の航路直下になっており、78~82デシベルの騒音になる。これは騒がしい街中や地下鉄の車内と同じレベルであり、乾坤一擲の勝負に挑もうとしているアスリートが置かれる環境としてふさわしいのか疑問が呈されている。これについても対策は示されていない。
カヌー

カヌー「スプリント」

選手・クラブからも見放される五輪後の海の森水上競技場

恒久施設として建設される海の森水上競技場は、東京五輪後にどのように活用していくかが非常に重要になる。東京都の資料には以下の活用を見込んでいるとしている。
  • 国際・国内競技大会の会場
  •  ボート・カヌー等の競技力強化・指導者育成の拠点
  •  スポーツ教育・環境教育の場
  •  総合的なスポーツ利用
  •  都民のレジャー・レクリエーションの場
東京新聞の調査では、都内近郊で練習する大学や社会人のボートチームと、都カヌー協会に加盟するチームの8割が、五輪後に拠点を海の森に移すつもりはないと回答した。上述の不適当な自然条件に加え、最寄りの東京テレポート駅からバスが30分~60分に1本しか走っていないためだ。
また大会を開催するとの腹積もりだが、ボートやカヌーの大会が本当に海の森で開催されるのか、すべてはこれからである。国際大会であれば日本誘致の際に海の森を使用することは考えられるが、そのような機会がどの程度あるのか。また国内大会であれば、新しい大会を作らない限り、既存の会場から開催地を「奪う」格好になる。現在の開催地が許可を出すのは難しいのではないか。
維持費についての推計は発表されておらず、はっきりとしたことは分からないが、波を遮断するための水門の開閉、水位を調節するための揚排水機の作動など、通常のボート競技場よりもさらに維持費がかかることが見込まれる。

代替地として浮上する「埼玉県・彩湖」

では、他に五輪のボート・カヌー(スプリント)会場の適地はあるのだろうか。
戸田ボートコースを活動拠点とする大学等32団体で構成する「戸田ボートコース監督会」(以下監督会)では、代替地として戸田ボートコースのすぐそばにある「彩湖」を提案している。彩湖は荒川の水位調節のために作られた人口の湖である。
彩湖は風や波の心配は少なく、むろん淡水である。また、既に多くのボート・カヌークラブが拠点を置く戸田ボートコースの目と鼻の先というロケーションであり、東京五輪後も利用される可能性が高い。
一方で、彩湖にボートコースを作る場合、一部護岸を削る必要があり、監督会ではその工費などを47億円と見積もっている。
彩湖案には地元戸田市長も賛同し、2014年9月に正式に都に申し入れている。しかし、都及び五輪委員会は、「彩湖は、陸域の掘削を含めた大規模な整備が必要となるなど大きな課題があり、また、荒川の氾濫を防ぐための防災施設でもあるため、会場には適しません」としている。

ミスコミュニケーションが生む摩擦

2014年頃から海の森水上競技場の問題点は指摘されてきた。今にいたっても、肝心のアスリートや関係者から反対の声が止まない。都及び東京五輪委員会は、国際・国内競技連盟(IF・NF)双方から計画について評価頂いているとしている。だが、国際カヌー連盟と日本カヌー連盟は、現在の対策では不十分であるので、さらなる対策を求めるとしている。
上述のように、都や五輪組織委員会からは彩湖は不適当である旨の発表はなされている。しかし、述べられている理由が本当に解決不可能な課題なのか、具体的には表明されていない。当初の建設費を69億円としておきながら、実際には7倍の491億円に上振れすることが可能であるならば、彩湖で開催する場合の費用についてもっと踏み込んだ検討が示されるべきではないか(監督会は47億円としている)。また、ボート・カヌーの基本条件として、海上のレースは望ましくないということは気にされない一方、彩湖が防災用施設であるため開催は不適当というのであれば、具体的根拠が明示されるべきだ(戸田市長は彩湖で開催することを可としている)。
以下の図は、海の森水上競技場と新国立競技場をはじめとする各国のメインスタジアム施工費、代替案としてして出されている彩湖、そして国際大会可能な国内ボートコースの施工費をまとめたものだ。求められている設備や国の事情、また建設年代が違うので一概に比較はできないが、今回の海の森水上競技場の施工費がいかに高額なものであるかお分かりいただけると思う。

そのような「なぜ海の森水上競技場でなければならないか、なぜ他の施設は不適当か」という丁寧な説明が欠けているため、今に至るまで競技関係者やメディアを巻き込んで多くの反対意見が出されているのではないか。
新国立競技場の問題を受け、東京都が昨年10月に開催した「都立競技施設整備に関する諮問会議」では、海の森水上競技場を含む3会場の基本設計に問題がないか検討された。ここでは委員にボート・カヌー関係者は含まれず、建築物やスポーツ大会としての課題がわずか1時間30分議論されただけにとどまり、「基本設計に問題はない」との結論が下された。
このまま建設を強行した時、2020年にボートやカヌー関係者から東京はどのような評価を受けるのか。また都民の負担はいかばかりになるのか。はなはだ不安である。

都は早急に後利用の具体的なシミュレーションを

また競技上の課題はコストをかけることによってある程度改善されるかもしれないが、その費用は税金で負担し、その後の維持管理コストもかかる。
現在出されている後利用の計画は、「こうしたい」という願望を並べているだけのように思われる。それがどの程度現実的であるのか、都は具体的な後利用のシミュレーションを公表すべきだ。そもそも海のコースである以上、設備を整備したとしても、既存のボート・カヌークラブで日常的に海の森水上競技場を利用する団体はほとんどないのではないか。また、国内・国際大会も既存の国内施設を利用されるのではないだろうか。
東京五輪開催の際には一時的に送迎バス等を出せばよいが、その後も多くの利用客を得るためには公共交通機関の整備や飲食店も必須だろう。その費用はどうするのか。
当該海域の水質は泳いでも問題ないレベルとされているが、それは平均値の話で、夏場には赤潮も発生する。水辺の施設としての利用方法も限定的にならざるを得ない。

「引き返す勇気」を

東京五輪で使用される37会場のうち、東京都外は11会場、さらに関東圏外は4会場あり、サッカースタジアムの二つは宮城と北海道だ。国際規格に適合するボートコースは宮城県、岐阜県、広島県にある。五輪招致の段階では「選手村から8㎞圏内」へのこだわりから海の森水上競技場の提案となったが、大幅な工費の増額が明らかになり、かつ自然条件に対する不安が尽きないことを踏まえれば、改めて日本全体でボート・カヌー(スプリント)競技会場を検討すべき時に来ているのではないか。

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